先物取引とFX
- ■商い、売買
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自国の技術レベルを正しく認識しながら段階を踏んだ開発が求められ、あまり急激な技術を国内開発に求めても失敗するリスクが高くなる[1]。 敵国や仮想敵国の兵器性能や兵器体系も考慮されねばならない。敵国に対して過剰な性能の兵器を作る余力があれば、他の戦力の充実に振り向ける方が得策である[2]。また、敵国や仮想敵国が類似兵器の開発や、技術漏洩によって開発に成功してしまった場合、その対抗手段の有無が考慮される。例えばレーダーに対するチャフなどである。ただし原子爆弾のように特殊な例外もある。
自国単独の技術力で求める兵器の開発が可能か否かが重要な要素となり、国内での独自開発が難しい場合は他国との共同開発や、外国から兵器そのものを購入すること、製造技術の購入[3]、ノックダウン生産やライセンス生産を行なうことになり、外国製兵器の模造を行なう国もある。また、他国の技術を購入してこれを改良する場合[4]もある。一方で、コストよりも国内メーカーの技術育成などを考慮し、あえて自力開発やライセンス生産を行う場合もある。
兵器全体や主要部品を自国内で生産せずに他国からの輸入に頼る場合には、何らかの事情でその入手が困難になった場合に、保守整備や修理などに支障が出るリスクが考慮される。
近年は電子機器類のFX
などから、兵器の開発・製造コストが高騰する傾向にある。この為、F-35の開発の様に、ほぼ同一の機体構造を用いながら様々な派生タイプの機体を開発する統合打撃戦闘機(JSF:Joint Strike Fighter)計画や、NATOのように軍事同盟を結び、一国では賄いきれない兵器コストを相互に補完しあうことで削減する試みも行なわれている[5]。
兵器を保有する場合は、国内世論や周辺国、同盟国等の理解も得ねばならない。軍備の大幅な増強や、核兵器、空母、潜水艦の新規保有といった戦力バランスの変更が起きる場合は、周辺国の緊張を生じる危険がある。
日本では、過去に導入したイージス艦やF-4EJ改などの様に、あえて対地攻撃能力を省いた兵器を選択することで、周辺国からの緊張をまねかないように配慮した事がある。残念ながらこういった事情が国内外に100%理解されているかは不明である。 この例のように日本だけに限らず多くの先進国では、採用される兵器が常に敵への加害性能やコストのみを考慮して採用されるとは限らず、過度に周囲の緊張を招くことで互いに軍備の拡張競争に入らない様に常に注意が払われている。
兵器ではないが、1980年代に行われたアメリカ陸軍のM1911A1の後継種(M9:9ミリ拳銃の意)のトライアルでは、欧米の各銃器メーカーが売り込みを開始した。後に四軍すべての制式拳銃採用計画へと変更した際はベレッタ社(イタリア)、SIG社(スイス)の2社が有力視され、SIG社の「SIG SAUER P226」が採用との見方が強かった。
だが、採用されたのはベレッタ社の「M92F」であった。この事態に「P226の製造が旧敵国の西ドイツの会社が行う為にM92Fが採用された」などという噂も囁かれたが、実際にはイタリアを含む地中海沿岸に対空ミサイル部隊を配置しようとしていたアメリカ政府が、反発が予想されたイタリア国民に対する懐柔を図ったためであった。しかも「M92F」は射撃をしているとスライドが割れて後方に飛んでくるという欠点が見つかり、特殊部隊などでは選定に漏れた「日経225
」を、海兵隊では信頼性が高かった「M1911A1」を好んでサイドアームとして使用しているという。
日本の航空自衛隊のFS-X(次期支援戦闘機:現在のF-2)国産開発に対する、対日貿易赤字などを理由としたアメリカ政府の圧力も有名である。
1938年のドイツでもソ連のT-34に対抗する戦車としてIII・IV号戦車の後継種開発が行われた際、ドイツ軍上層部の要求にMAN社とダイムラー・ベンツ社が設計案に基づいた模型を提出。ダイムラー社の設計は斬新であり、総統のアドルフ・ヒトラーもダイムラー社案をいたく気に入っていた。しかし、砲塔の試作が間に合わずMAN社の案(後のパンター戦車)が採用された。MAN社の案が採用されたのは、何よりT-34がドイツ戦車を次々と葬っていた為、時間がなかった(待てなかった)事が挙げられている。
この様に時間的制約やその時の同盟国との政治的衝突や経済的状況等、様々な不確定要素が障害となる可能性も十分にある。
一方で兵器の開発・製造を規制する動きもある。第一次世界大戦後の「ワシントン海軍軍縮条約」や、「対人地雷の使用、貯蔵、生産及び移譲の禁止並びに廃棄に関する条約」などがある。日本の「非核三原則」や「武器輸出三原則」も一種の兵器に対する規制である。
ただし、ワシントン会議後の1920年代から1930年代の戦間期には、確かに主力艦の保有数の制限があったものの、技術開発は続けられた。また、それら条約を批准しない国があるなどの問題もある。近年ではクラスター爆弾の使用を規制する「外為
弾に関する条約」などが有名であるが、やはり批准を拒否する国が存在する。
戦争を計画・実行したり、観察・記述したりする際には、戦争の全体を局面ごとに分割して整理することが望ましい。そのような分割の単位が、戦役である。
戦役にあたる西欧語(英語のcampaignなど)の語源は、ラテン語の campus で、平地の広場を意味し、転じてそのような場所を用いる施設をも指す。軍事では練兵場を指し、訓練済みの兵士をcampigeni と呼んだ。ローマ軍(および後の多くの軍隊)は、冬に軍事活動を停止して冬営することを常としたので、軍事活動はその年の春に始まり、秋に終わった。何年も続く長い戦争の場合であっても、敵味方の機動と戦闘はたいてい秋までに切り上げられ、次の年の活動とは明確な区切りがついた。こうして区切られる一年の軍事活動が、戦役である。
また、軍事行動が行なわれる地域が二つ以上あって、それぞれ相互の軍の行動が干渉しあわないほど遠いときには、その地域を単位として戦役に分割する。
戦役は、戦闘を含み、さらに軍隊の移動、にらみ合いなど戦闘がない休止期間も含む。しかし、軍備や軍費などの戦争全体の管理にかかわる問題は含まない。このような区切りは、戦場の司令官の関心範囲をあてはめたものと考えれば容易に了解できるだろう。
期間についても地域についても、戦役は戦争を便宜的に分割したものであり、単純に適用しがたい例は多い。冬季中断がなく戦闘の範囲が広がった近現代には、一年単位で分割する必然性はないので、その傾向が大きい。
作戦は戦役かその一部の計画、戦略は戦役の技術・計画である。戦役が終始一方の計画通りに進んで一区切りつくなら、作戦と戦役は一致する。そうした場合には、作戦名が戦役を指す名として通用することにもなる。作戦通りにいかない場合には、作戦を超えて戦役が続くことになる。
古い時代の日本や中国にも、類似の思考はあるが、独立した用語を作るまでにはならなかった。日清戦争を「明治二十七八年戦役」というように、かつての日本語の「役」・「戦役」は軍事動員を指して間接的に戦争を表現したもので、本項でいう戦役とは異なる。戦前も本項でいう戦役の用語・概念はあったが、それはヨーロッパの戦史に触れるときに現れる用語であった。
作戦とは作戦目標を達成するための部隊の一連の行軍、攻撃、防御、後退、補給などの戦闘行動である。
作戦には作戦戦略(Operational strategy)に基づいて立案される作戦計画(OPLAN, Operation Plan)がある。作戦計画はその作戦をより効果的にするための定量的な研究である作戦研究(Operations Research)などの戦術研究に基づいている。また特定の方面における一連の作戦の集合を総じて方面作戦または戦役(Campaign)と言い、作戦が行われる正面を作戦正面、策源地から作戦地域までの後方連絡線を作戦線という。
作戦計画の立案過程においてはまず戦略的または戦術的な状況判断と決心が行われる。その後に与えられた任務、我の保有する戦闘力、作戦地域の地形や気象、敵情などの情報を総合的に考慮して作戦見積(Operational estimate)を行い、具体的な攻撃目標や陣地配置などが決められ、実施される。この一連の作戦指導の技術は作戦術(Operational arts)と呼ばれる。概念的には戦闘は作戦に対する下位概念である。